タブレット開発
「マイツールの話」 を読んでいる人から、「タブレット開発の話について桑名で聞いていない人もいるので、教えてくれないか」 との要望がありました。
話のきっかけ
この話を桑名でするきっかけになったのは、●倉田さんから私に 「タブレットにエスケープを付けてくれないか」 という話があったのが発端でした。
(エスケープで思い出したけど、キーボードの右横にジョイスティックのようなバーを出してエスケープキーにしてくれないか、という要望もあったな〜。あれは何時だったろう。
Mrマイツール出した時くらいだったかな。
)
倉田さんに私が返事を書いたんだけど、その話を皆にしてくれないかというので、桑名の集まりの時に喋ったんですよね。
その時の返事がFDに保存されていたので、それを紹介しましょう。
ちょっと長くなっちゃうけど。
タブレット開発の経緯
先日はタブレットへのエスケープ登録に関し、FAXいただきありがとうございました。
皆様の要望に早く対応したいと思っているのですが、開発テーマも最近多くなってきており、なかなか手が回らないのと、それより大きな理由は、初めからエスケープ登録を意識して作った訳でないので、後から修正するのは基本であるインプット部分でもあり、簡単にはいかないのです。
当社がパソコンに参入したのはSP200という機種ですが、その時はSIMPLEという簡易言語をのせていました。
これは私が開発したもので、社内の事務改善用に使っていたものをパソコンに移植したものです。
機能としては、表計算が主になっていてメニューから仕事を選び実行するというものでした。
(まだこれを使っているユーザーさんもいるらしく、時々問合せがきたりしています)
**先日2000年対応でユーザーさんを回った人から,まだ使っている人がいると聞いてでビックリしました。**
その後マイツール開発を始めて、私が開発のテーマ・リーダーとなったわけですが、当時オフコン部隊がマルチプランを使っており、各部門からなぜマイツールを開発するのだ、他と比べ何処が良いのだ、などという声が多数あり、それらの声にいちいち答えなくてはならず、いいかげん頭にきていました。
今では社内の誰もがマイツール開発に協力したというような顔をしていますが、そんなことはなく、当時の我々マイツール部隊は随分苦労したものです。
簡単入力
そんな声の中で多かったのが、「マイツールはメニュー方式と違い英語のコマンドを覚えなくてはならないので難しい、コマンドの数が多すぎて使えない」 というものです。
誰もパソコンなど使っていないのに、そんなふうに回りで言っていたのです。
長谷川さんや荒川さんは、日本語の辞書に言葉がいくつあるか、それを全部知らなくても生活できるでないか、使わないものは知らなくて良いのだと言っていましたが、それをそのまま社内の官僚主義に侵された人達に言うわけにもいかなくて苦労しました。
そこでキーボードを探さなくてもコマンドが入力できるようにしよう、と開発部隊で考えたわけです。
キーボードにコマンドを割り付け、シフトキーのようなキーと該当するキーを押せばコマンドが入るようにしたらどうか、と最初考えましたが、キーボー上にコマンドを書くと見づらい、それならコマンド用に別のキーを付けようということになり、タブレットの考えが出てきたわけです。
ご存じのように当社のパソコンは日立製作所で作られていますが、そこは大型モーターのようなものを作っていたところなので、我々がタブレットの要求を出した時試作されてきたのは、非常にゴツくてセンスのない今のキーボードをただ半分にしたような、イメージに全然あわないものでした。
そこで我々のグループの岩元係長が銀座の伊東屋という文具店へ行き、キヤノンの薄型の電卓を買ってきて (今でも彼はこの記念の電卓を使ってます) このようなイメージの物を作れと日立の技術屋にいったわけです。
そのようにして出来たのが今のタブレットです。
開発では、キーボードとタブレットからの信号をどう扱うか等、結構やっかいな問題もありましたが、それらの問題を検討している時点で、これならコマンドだけでなく品名とか住所とかよく使うものを登録することも出来る。
マイツールのページに自分で使うものを自由に登録できるようにしよう、とTAB命令が作られました。
分かり易く、各種の工夫
タブレットシートに関しても、コマンドが英語で難しいと言われていたので日本語で印刷しよう、カラフルにして見つけやすくしよう、といって今のような物にしました。
それに自分で登録した場合に使えるようにと、枠だけ印刷したシートをつけることにしました。
こんな具合で製品化したのですが、最初はセールスがデモの時命令をいれるのに使うというぐらいしか利用されませんでした。
TAB命令の意味が理解されなかったようです。
その後当時ECOSにいた森田さんが、「こんなの作りました見て下さい。」 と言ってタブレットシート印刷プログラムを見せてくれましたが、それが私の知っているのでは、ユーザーが命令以外にタブレットを使った最初のような気がします。
これは後にMUGニュースか何かに載ったので、ご存知かも知れません。
コマンド方式でもメニューに比べ使い易くできるのだというような考えでスタートしたタブレット開発ですが、これほどまでに倉田さんはじめ皆様に効果的に使ってもらうようになるとは、私達開発者も思っていませんでした。
マイツールが使う人の能力に応じてどうにでもなるという、当初のコンセプトがはっきり証明されたものと言えるでしょう。
長々とタブレット開発の経緯など書いてしまいました。
エスケープ登録に関して、初めは意識してなかったことを理解していただけたでしょうか。
今後出来るだけ期待にそえるよう努力しますが、少し時間をいただきたいと思います。
こんなことを返事として書いたのでした。
桑名で話した時は、モデルとなった電卓と日立の試作機などの現物を持って行きましたね。
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